インフォメーション 〜time now〜


 私は、この原稿が掲載される本日(8月20日)の夕刻に、アフリカからの長旅を経て大分の自宅に戻っていると思います。7月から8月にかけてのケニアは、これまでになく寒くて、厚着をして過ごしていました。

  「ポンッ」「ヒュ~」、「ポン」「ヒュ~」。何の音だと思いますか?これは、8月のある日に、私が耳にした「催涙弾」が使われる際の音です。ナイロビ市内から150㎞ほど離れた町に向かう途中のアウトバーンで、いきなり渋滞に遭いました。ケニアでの渋滞はいつものことなので、「またか…」と、うんざりしながら前方の車列から前方左右の道端に目線を移すと、多くの地元住民が目に入りました。微動だにしない車列に、少しづつ苛立ちを覚えるほどの時間が経過したので、通り過ぎるケニア人に、渋滞の原因を尋ねました。何やら、死亡事故で渋滞が起こったらしいのです。その時突然、前方に群がっていた住民たちが、蜘蛛の子を散らすように全力疾走で方々に散り始めました。同時に、耳にしたのが「ポンッ」「ヒュ~」、「ポン」「ヒュ~」という音です。ケニアに初赴任しているセラピストの女の子は、その光景と迫力に「怖い」「怖い」と声を上げ、驚嘆の声を何度か漏らします。車外は煙で覆われ、時々煙が途切れると垣間見える車外の様子。逃げる住民、それを追う催涙弾や短銃、AK-47を手にした警察らしき人達。何が起きているのか全く分からない状況でしたが、それでも、まだ「野次馬があまりにも多くて、事故処理ができないから、強硬策に出たのかな?」くらいに思っていました。しかし、次の瞬間、車内が緊張に包まれました。私たちの車のすぐ傍で、荒々しい逮捕劇が繰り広げられたのです。銃を持った数人の警官に、乱暴に車から引きずり降ろされ、連行される少年。それを車で追う家族らしき運転手。警官に、激しく何かを伝えていますが、警官は威圧的で乱暴に振り払います。警官たちに、次は懇願する家族、うなだれて引きずられて行く少年…彼らの緊張と絶望、悲愴感が伝わってきました。

 「何?なに?」「なんで?」と思っていたら、ケニア人のドライバーが「住民は、日頃から警官をよく思っていないので、その鬱憤を晴らしている」と言うのです。どうも、住民たちの一部(と言っても、かなりの人数)が、警官に石を投げ衝突しているらしいのです。そのうちに、車は動き始めたのですが、なにせケニアのドライブマナー、後方から道なき道や反対車線を走ってくるマタツ(乗り合いバス)や自家用車で、一車線が四車線になり、その車が本線に割り込んでくるため、なかなか前に進みません。道の両端にある小高い丘に立つ青年たちの手には、確かに拳大の石が握られているのが、私の目にもハッキリ見えました。ドライバーに思わず「大丈夫?」と尋ねると、ドライバーは笑いながら「ターゲットは、ポリスマンだから大丈夫」と答えます。進むにつれ、警官と住民の衝突の激しさがわかりました。アウトバーンを塞ぐように、いたるところに石がつまれ、タイヤなどが燃やされていたのです。催涙弾の煙と燃やされるタイヤなどの煙、時々喊声と砲声が、怒涛の響きで耳に届きます。その先の警察車両には、先ほど連行された少年と、もう一人の少年が茫然とうな垂れ、荷台の柵に手錠で繋がれていました。私たちは、催涙弾や路上の炎を避けながら、その混沌とした場所を、無事に通り抜けました。

 ケニアのお国柄を知る私は、「犯人の少年が、警官に撃たれなくてよかった」と純粋に思いました。でも、ケニア初赴任のセラピストの女の子には、少し刺激の強すぎる体験だったかもしれません。これは、大人の男性でも恐ろしいと思うことでしょう。私も、初めてモブジャスティスを、目撃した時は、驚愕し暫く怯えていました。

 でも、誤解しないで下さい。ケニアが危険な訳ではありません。日本ほど清潔で安全な国ではありませんが、長期間ケニアで過ごしてきた私でも、この様な経験は稀です。時間と場所さえ選べば、日常生活は普通に送れます。実際に生活する上では、一度も危険な目や犯罪に遭ったことがありません(軽い交通事故以外)。ただ、ケニアでは何にしても、安全を考えなくてはならないし、事が起きれば色々大変だろうとは思います。しかし、ケニアはそれ以上に「心を打ち、心震わせ、心が動く」学びを私にもたらしてくれます。自然の雄大さと素晴らしさ、そして、その脅威と厳しさ。生と死のぎりぎりの瞬間にも立ち会います。ケニアの失業率は高く、よほどの学歴かコネがなければ仕事に就けず、日々食べることさえままならない環境です。そんな暮らしでも、「ちゃんと働きたい」と言う青年たち。彼らの望みは、お金を儲けることでも、贅沢をすることでもありません。彼らは、真っすぐに「生まれ変わっても、ケニアで両親のもとに生まれたい」と言います。「感謝を知る心豊かな」人たちです。逆に、羨ましい…大自然の摂理や彼らに、生きることの意味や辛さ、人生の在り方を考えさせられます。





8月タイムナウ 岩根
Keyword:課題本熟読